こんにちは! takashiです!
甲斐 晴惠(かい せいけい)さん(35)が10/8の『日本のチカラ』に出演します!
結婚式やイベントの司会業をしていた晴惠さんがなぜ僧侶へ転身したのでしょう?
晴惠さんの父・裕隆(ゆうりゅう)さんが住職を務めていた「王楽寺」とは?
「僧侶(そうりょ)」「お坊さん」「和尚さん」「住職(じゅうしょく)」の違いは?
僧侶の方々の年収はどのくらい?
そもそも天台宗って?
いろいろ調べてみました!
甲斐 晴惠(かい せいけい)さんはなぜ司会業から僧侶へ?
甲斐 晴惠さんは、元々は結婚式やイベントの司会業をしていました。
転機が訪れたのは2年前のことです。
約1300年前に創建された「王樂寺(おうらくじ)」の住職だった父・裕隆(ゆうりゅう)さんが、がんのため余命3か月と宣告されます。
それを聞いた晴恵さんは思案の末、「この場所をなくしてはいけない」と思うに至ります!
司会業から僧侶へと転身し跡を継ぐことを晴惠さんは決意したのでした。
晴惠さんの父・裕隆(ゆうりゅう)さんが住職を務めていた「王楽寺」とは?
「王樂寺(おうらくじ)」宮崎県宮崎市大字瓜生野にあります。
宗派は天台宗で、竹篠山 西方院 王楽寺と称し、比叡山(ひえいざん)延暦寺(えんりゃくじ)の末寺です。
伝道大師最澄(さいちょう)の開山と言われています。
また別の説では養老年間(奈良時代、717年~724年)の創建とも。
いずれにしてもすごく長い歴史があるんですね!
ホオリノミコト(山幸彦)がここで生まれ育ちました。
ニニギノミコトがこの地は「朝日、夕日が当たり良い所(王道楽土)」と言ったことにちなんで王楽寺という名前になったそうです。
※ ホオリノミコト(山幸彦)とは神武天皇(初代天皇)の祖父とされています。
※ ニニギノミコトはアマテラスの孫にあたる神で、宮崎の高千穂に降臨した際、稲作をこの地上にもたらしたと言い伝えられています。
「僧侶」「お坊さん」「和尚さん」「住職」の違いは?
「僧侶」「お坊さん」「和尚さん」「住職」などという言葉は聞いたことがありますが、違いがあるんでしょうか?
「僧侶(そうりょ)」
「僧侶」とは、出家して仏門に入って修行をしている人を指すそうです。
「お坊さん」は僧侶を指していて、親しみを込めた呼び方になるようです。
「和尚さん」
「和尚」とは修行を積んで一人前と認められ、教えを説く僧侶を指します。
ちなみに、この「和尚さん」。
「おしょうさん」と読む方が多いと思いますが、実は、宗派によって読み方は異なるんですって!
禅宗や浄土宗は「おしょう」と読むようですが、真言宗などでは「わじょう」、天台宗では「おしょう」や「かしょう」など。
「住職(じゅうしょく)」
「住職」とは、自分のお寺に住み込んで、管理や維持運営なども行う僧侶のことです。
一般的には、和尚=住職となることが多いですが、和尚がお寺に住み込みではない場合がありますので、その際は、和尚=住職とならない場合もあるようです。
基本的に、ひとつのお寺に一人だけで、住職に次ぐ地位の僧侶は「副住職」と呼びます。
今回登場の甲斐 晴惠さんの場合は、自分のお寺に住み込むわけですから、「住職」とお呼びすれば良いんですね!
僧侶の方々の年収はどのくらい?
厚生労働省の令和3年度賃金構造基本統計調査によると、僧侶の平均年収は、46.2歳で535万円ほどとなっています。
- 平均年齢:46.2歳
- 勤続年数:15.7年
- 労働時間/月:169時間/月
- 超過労働:3時間/月
- 月額給与:356,400円
- 年間賞与:1,069,200円
- 平均年収:5,346,000円
「この統計はサンプル数が少ないため、必ずしも実態を反映しているとは限りません」という注釈付きのデータですが、目安にはなりそうです。
寺院の収入はと言いますと、大部分は檀家によるお布施と葬儀や法事の際に発生する寄付金です。
葬儀の際は葬儀社からだけではなく、遺族から直接依頼があることも多く、地域社会との関わり方や、檀家数の多さが収入増加のためのポイントになってきます。
お布施や寄付金以外にも幼稚園などの教育機関や駐車場、アパートなどの不動産を経営し収益をあげている寺院もあります。
住職の収入ですと、その寺の檀家の数と広い土地を活用した副業で決まるようですね!
そもそも天台宗って?
天台宗(てんだいしゅう)は、中国を発祥とする仏教宗派のひとつです。
諸経の王とされる妙法蓮華経(法華経)を根本仏典とするため、天台法華宗(てんだいほっけしゅう)とも呼ばれます。
名称は、実質的開祖の智顗が天台山に住んでいたということに由来するそうです。
天台教学は入唐した最澄(伝教大師)によって平安時代初期(9世紀)に日本に伝えられ、多くの日本仏教の宗旨がここから展開しました。
今日では中国、日本、朝鮮、ベトナムに信徒を持ちます。
平安時代末期から鎌倉時代初めにかけては、法然や栄西、親鸞、道元、日蓮といった各宗派の開祖たちが比叡山で学んだことから、比叡山は「日本仏教の母山」と呼ばれています。
16世紀、延暦寺は織田信長の焼き討ちに遭い、宗勢に陰りが見え始めます。
しかし、江戸時代に入ると天海が立て直し、特に寛永寺は西の比叡山に対して東叡山と呼ばれ、影響力は全国に及びました。
甲斐 晴惠さんが出演する『日本のチカラ』の内容は?
『日本のチカラ』 【テレビ朝日 10/8(土)05:20〜05:50】
今年6月、実家のお寺を継いで僧侶に転身した女性がいます。
甲斐晴惠(かい せいけい)さん(35)。
元々は結婚式やイベントの司会業をしていました。
転機が訪れたのは2年前。
約1300年前に創建された「王樂寺(おうらくじ)」の住職だった父が、がんのため余命3か月と宣告されたときのこと…「この場所をなくしてはいけない」…晴恵さんは司会業から僧侶へと転身し跡を継ぐことを決意。
父の永眠後、出家した晴惠さん。
剃髪して比叡山延暦寺で2か月にわたる修行も。
午前2時に起床、沐浴や長時間の読経など厳しい日々でしたが今年6月、晴れて僧侶に。朝夕のお勤めや掃除、お経の勉強など多忙な晴惠さん。
息抜きはインコや犬と遊ぶこと。家族に手料理をふるまうことも。
「まだスタートラインに立ったばかり。父と同じように、皆さんに慕われるような存在になりたい」…
晴れやかに自分らしく…新たな人生を踏み出した、新米僧侶の日々を見つめます。
◇ ナレーション:古屋 敷沙耶(宮崎放送アナウンサー)
◇ 音楽:相知 明日香「Kaze」
甲斐 晴惠さんが出演する『日本のチカラ』のまとめ
◇ 甲斐 晴惠(かい せいけい)さんはなぜ司会業から僧侶へ?
歴史ある「王樂寺」をなくしてはいけない…という思いから!
◇ 晴惠さんの父・裕隆(ゆうりゅう)さんが住職を務めていた「王楽寺」とは?
ニニギノミコトの「朝日、夕日が当たり良い所(王道楽土)」の言葉から王楽寺という名前に!
◇ 「僧侶」「お坊さん」「和尚さん」「住職」の違いは?
甲斐 晴惠さんの場合は、「住職」とお呼びすれば良いんですね!
◇ 僧侶の方々の年収はどのくらい?
住職の収入ですと、その寺の檀家の数と広い土地を活用した副業で決まるようですね!
◇ そもそも天台宗って?
最澄によって平安時代初期(9世紀)に日本に伝えられました!
◇ 甲斐 晴惠さんが出演する『日本のチカラ』の内容は?
今年6月、実家のお寺を継いで僧侶に転身した甲斐 晴惠さんにスポット!
最後までご覧いただき有り難うございました!
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